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2018年10月

秋の味覚。柿あれこれのおまけ編

柿羊羹のアレンジにチャレンジ。

 

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一、柿羊羹をどら焼きに挟んでみました。

 

 

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二、薄い柿羊羹を敷いて、上にマドレーヌとクリームチーズ、そして熟し柿をとろり。

アンド、シナモン。

画像の敷物は正倉院展で買ったイズニク調の蚊帳布巾。東西融合した何だか無国籍な

奥深い味わいなのでありました。

 

 

 

 

 

ちょっとお出掛け日記 奈良 正倉院展

 

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奈良国立博物館の庭。

 

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秋色に染まり始めた若草山の麓。

 

 

 

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本日の目的は正倉院展。

 

 

晴天の古都。

快いプチジャーニーでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

秋の味覚。柿あれこれ。柿羊羹、柿ピューレ、猿蟹手拭い、柿渋染。

規格外ということでたくさん頂いた柿。

 

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柿ピューレに。ヨーグルトやアイスクリームのソースに良し!

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コアントローやラム酒を加えたり。

 

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柿羊羹風にしてみたり。

 

 

季節ならではの楽しみです。

 

 

caeru では、柿に関してはこんな商品があります。

 

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柿渋染 手描きSFPショルダーバッグ

 

柿渋染

 

先人たちの知恵と自然が生み出した柿渋染。平安時代より生活に根ざした日本固有の染料として親しまれてきました。

読んで字のごとく柿の渋からできており、発酵・熟成させた赤褐色の汁液で染めた繊維や紙は水を弾き、抗菌作用、防虫効果があり、化学染料のないはるか昔より衣類を始め建材や道具類など生活になくてはならない染色方法として、また火傷や霜焼、解毒などの民間薬としても利用されてきました。

その丈夫さで染物の型紙に使われてきたことはよく知られています。

柿タンニンの防腐作用、殺菌作用は自然由来のものとして見直され、今も様々な分野で用いられているのです。

 

画像はイメージです。当商品の柿渋との関連はありません。

 

そんな柿渋、発酵・熟成には2年を要します。こちらの商品は3年ものの柿渋で丁寧に染め上げられた「柿渋色」。

日本の風土が育んだ独特の色調です。

 

 

 

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注染手拭い [柿の木・猿とカニ]

 

ぜひ季節をご堪能ください。

 

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ちょっとお出掛け日記 九度山 真田庵のフウセントウワタと松山常次郎記念館。

和歌山は高野山の麓、九度山に真田昌幸・幸村が閑居した屋敷跡、真田庵があります。

 

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簡素ながら重厚な屋根が柿を照らし、秋晴れの空にくっきりと映えて、

 

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また、ご住職が育てられているという風船唐綿も日差しを浴びて、

 

訪れた昨日は輝くような良い日和でした。

 

 

この一帯の名士 松山常次郎記念館が近くにあり、常次郎氏の長女が夫人である縁で

平山郁夫画伯の晩年のスケッチが特別展示されていました。

 

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(画像:販売ポストカード一部)

 

鉛筆の走る線がシルクロードを描いた世界観とはまた違い軽妙。

けれど家並みの捉え方などは独特の静謐さがあって「なるほど〜」と感心してしまいます。

 

「絵が上手いのっていいなあ〜」と巨匠に対して不遜ではありましょうが、

憧れたりした次第です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちょっとお出掛け日記 和束のかわず祭り。

 

晴天、行楽日和、体育の日。

わずか町のかわず祭りをちょっと覗かせていただきまして、

 

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プチお土産も買いまして、

 

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楽しい遠足気分を満喫しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

気になる。THE FROG IN THE WELL

 

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THE FROG IN THE WELL.

「井の中の蛙」

Roger Duvoisinの描く動植物の表現が生き生きとした美しく楽しい絵本です。

 

お話では、(英文なのでニュアンスが分からないのですが)

諺のような「大海を知らず」という教訓や風刺や戒めはなく、

好奇心にあふれたカエルが平穏な井戸から外に出て

大きな世界で様々な物事に触れ、多くの仲間と出会い明るく生きていきます。

 

深読みせず、これはこれでよし!としたいのですが、

なぜか気になる。

どうも気になる。

 

 

ポイントは、

このお話で井戸は、狭くて暗くて食べるものもない生きづらい場所ではなく、

また、井戸の壁は上ろうと思えば容易に上れる

という点です。

 

これで外に出ようとしないのは人生を放棄したような面白くない奴ということになるのでしょうね。
 
一人で静かに淡々と粛々と井戸の中で一生を過ごすことは世界を知らず、他とのつながりもなく、
向上心のない寂しい生き方だというわけでしょうね。
 
 
世界は感動に満ち溢れているのだから。
行こうと思えば少しの勇気と行動を起こすことでどこにだって行けるのだから。

とにかく新しい別の世界を求めるのが素晴らしいんだよ。と、

 

なんだか押し付けられているように感じてしまうのは、

かなりひねくれているのでしょうか。

 

人間は勇敢に新天地を求め、果敢に新しいことに挑戦して進化してきたわけで、

そういうパイオニアが賞賛されてしかるべきです。

けれど、その傍ら、静かに滅びていくものがいて、踏み台となるものもいて、

生まれた場所で一生を、ただただ一生を生きるものもいて、

それが悪いのか?無意味なのか?無様なのか?と問いたい気になるのです。

 

 

 

この絵本から遠く外れた暴走妄想でした。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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